中村安希さんトークイベント「旅すること 食べること」を終えて 前編

先週末。2023年6月4日の日曜日。当旧田島うるし工場にてノンフィクションライターの中村安希さんをお招きしたトークイベント「旅すること 食べること」を開催しました。

これまでOLD FACTORY BOOKSならびに旧田島うるし工場では夜カフェを含め、規模の大小はありますがこうしたトークイベントをたくさん開催してきました。しかし今回のイベントは少し毛色が違いました。これまでに一度もお会いしたこともない作家さんであること、これまでに何冊も本を出されていること、また冒険ノンフィクション界の由緒ある賞である開高健ノンフィクション賞も受賞されている作家さんをお招きすることは、これまでにない大きな挑戦でした。

まずは中村安希さんをお呼びすることになった経緯から簡単にお話します。

時は今から14年前の2009年までさかのぼります。

場所は京都。僕は26歳で妻は3つ下なので23歳でした。妻とは妻が19歳の時より交際し、様々な経験を経たのち、2年後の2011年の夏に結婚し、お互いに仕事を辞め、できるだけ長く、かつできるだけたくさんの国を巡る世界一周旅行に出ようと決めていました。

大きな目標を決定し、その目標を見据えたうえで、やるべきことは大きく2つありました。

一つはできるだけたくさんお金を貯めること。

そしてもう一つは世界一周に向けた情報を収集することでした。

その準備の一つにたくさんの旅に関する本を読むということがありました。世界にはどんな国があって、どんな行くべき場所があって、民族や文化、自分たちの興味や関心をそそられるものは何か。行きたい場所、やりたい場所がたくさんあれば自ずと優先順位をつけなければいけません。そのためにはまずはできるだけたくさん興味・関心がありそうな場所をピックアップしようと考えました。

またその情報収集のためにたくさん本を読むということは、ともすれば単調な毎日になりがちな日々のモチベーションを維持するためでもありました。

その過程で下川裕治、沢木耕太郎、藤原新也、蔵前仁一などたくさんの作家に出会いました。その中の一冊にその当時、第7回開高健ノンフィクション賞を受賞して本屋にたくさん並んでいた中村安希さんの書いた「インパラの朝 ユーラシア・アフリカ大陸684日」(以下「インパラの朝」)という一冊がありました。インパラが表紙を飾った旅行記。パラパラと立ち読みしながらページをめくるとパキスタンやトルクメニスタン、ジブチやニジェールなど、もちろん行ったこともなければ、どんな国か想像することさえできない国の名前が並んでいました。即座に買って、家に帰って読むことにしました。

読み始めるとすぐに中村安希さんの旅に引きこまれていきました。キレの良い文体。そして冷静にその瞬間、瞬間を切り取り、世界を俯瞰する忠実な視点。力強く世界を受け止めていくその強い意志が作品全体に満ちあふれていました。「インパラの朝」はすぐにお気に入りの一冊となりました。そして間違いなくいくつかのお気に入りの本と同じ、恐々と世界へ飛び出す自分の頼りない背中を力強く押してくれた一冊でした。

それから時が経ち、実際に自分も世界を歩く経験をしました。妻との旅はトータル2年2か月におよび新婚旅行世界一周で訪れた国は46ヵ国を数えました。

長かったような旅もやがて終わりをつげました。出発前に暮らしていた京都へ戻ることはせず、僕の実家のある和歌山の紀美野町という小さな山村で再出発を果たしました。

やがて子どもができ、妻はイラストレーターとして絵の仕事を徐々にいただくようになり、僕は旧田島うるし工場というレンガ造りのうるし工場跡の建物を気に入り、小さな本屋を開くこととなりました。

本屋はもちろんすべて自分が選書し、この空間に合う本、自分の今までの世界観に通じる本をお客さんと二人三脚で選んでいます。

そのなかである日、「中村安希」という作家の名前が頭に浮かびました。そして「中村安希」「インパラの朝」を思い浮かべるとともに今より若く、バタバタとした怠惰で不健康だった京都での日々が思い起こされました。

そして実際に中村安希という作家に会ってみたいなと思いました。そしてこの場所に招くことはできないだろうかと考えました。

SNSで検索すると、とりあえず日本にいて、同じ関西圏である滋賀に住んでられるというのが分かりました。

僕は思い切って連絡することにしました。和歌山で小さな本屋を開いていること、今まで書いてきた中村安希さん、とりわけ「インパラの朝」に関する想い。そしてこちらが出せる条件を提示しました。

そして念願がかない、あの中村安希さんがやってきてくれることとなりました。

その2023年6月4日のトークイベントの日は、どこの本屋で買ったかは覚えていませんが26歳の14年前の自分が本を手にした日から、ひとつながりでつながっているそんな一日でした。

その時から世界は大きく変わり、きっと自分自身もまた大きく変わりました。それでもきっと核になるようなものは何も変わっていない。変わりようもない。そんなふうに思います。

後編へ続く。

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